谷崎潤一郎研究のつぶやきWeb

その15(2017年9月21日)レクチャーガーデン「谷崎文学を歩く」――寄り道_谷崎作品の建築的な筋について

前回予告の通り、谷崎作品の建築的な筋について、少しまとめてみたいと思います。まず、辰野 隆著『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』に掲載されている「旧友谷崎潤一郎」から引用します。

“(校友会)雑誌四十三号には、原稿紙二十枚ほどの『文芸と道徳主義』と題する立派な論文を寄稿した。此処には、ほんの数行を引くにとどめよう。
「彼の印度アーリヤの民族が、其の原生地なる中央亜細亜を出でて、東の方ヒンズグーシユの山脈を越え、遥に中央印度の地に入るや、彼らを囲繞せる雄偉壮厳なる大自然は、如何に彼らが高尚なる詩眼映じけむ、仰いでは燦爛たる星辰を拝跪し、俯しては洋々海の如きガンジスの河流を讚美し、天上の主ワルナの威をたゝへ、火神アグニの徳を信じ、以てヱ゛ダンダ神話宗教の淵源をなしき。又見ずや北欧スカンヂナビアに於けるペーガニズムの起源を……」
唯此処に一言したいのは、此の論文は、構想も文章も堂々、台閣の風あるにも拘らず、谷崎は思想の分析や、論理を徹底せしむる方面は寧ろ不得意でもあり、あまり興味も持っていなかったらしい事である。読む者も亦、思想を論究する批評家と云わんよりも寧ろ思想の壁画フレスクを描くが如き彼の叙事詩作者的手腕に惹かれるのである。その振う腕の大きな動き、顔料の多種多様の駆使に我々は驚くのである。此の点は後年の谷崎を論ずる場合にも亦留意しなければならぬところであろう。

私は“顔料の多種多様の駆使”これが後年の谷崎作品の醍醐味だと思っています。筋の「建築的の美しさ」は、芥川との論争で、谷崎の側から登場します。とはいえ、芥川の死の前後、しばらくは織物のような筋だったように、私には思えます。というのは、その時期、「結び玉」というキーワードを付けた作品が見られるからです。

「結び玉」が登場する作品は、昭和11年の『猫と庄造と二人のをんな』ですが、その前に大正12年の『アヴェ・マリア』にはその意味するところが書かれています。

まずは、『猫と庄造と二人のをんな』の「結び玉」

そして結局、メリンスの腰紐を三本つないで、リヽーの肩から腋の下へ、十文字に襷をかけて、強く緊め過ぎないやうに、さうかと云つてスツポリ抜けられないやうに、何度も念を入れて締め直して、背中でしつかり結び玉を作つた。

上記のシーンは、連れてこられたリリーが自分が目を離した隙に逃げることなく、部屋でご飯を食べ、糞をするようにと品子が工夫をしているところです。とにかくリリーがこの部屋で、ご飯を食べ、糞をすることが重要なのです。そうすれば、リリーはもう逃げられないということです。これは神話に由来しているのでしょう(黄泉戸喫)。リンク先を読むと、ギリシア神話にも似たような話があるのですね。そういえば、たとえば『瘋癲老人日記』にはミント姫メデューサのお話等が埋め込まれています。

『猫と庄造と二人のをんな』で、品子は追い出されたことになっていますが、亡くなっているとみると、いろいろ辻褄が合ってきますし、それを匂わす記述も見つかります。また、日本霊異記の父が猫になって息子に飼われる話と、地獄から帰って来た男の話を参照すると、より理解できると思います。特に、ラストで庄造が合計3回「リリー」と言ったら初子が「早よ! 早よ!」と庄造を逃がしてくれたことは注目ですね。この時の現れ方と、この口癖から、この時の初子が本当は誰なのかということもわかります。

一方、『アヴェ・マリア』では次のように記述されています。

幾筋もの命の糸を、その一点で永久に絡み着かせる

そう、ここが重要なのです。谷崎作品は、神代からの血筋を縦糸に、複数の血筋を横糸に、人物名や土地、地名、戦乱等を結び玉にして、論争の頃は建築よりも織物のような状態だったのではないでしょうか。とは言っても、冒頭の引用の通り、組み込むものは世界にまたがりますので(『猫と庄造と二人のをんな』は地形や山の名前等から、インドからはお釈迦様の一生も埋め込んでいるように思われますし、中国からは西遊記山海経等も埋め込まれています)、その内側の世界はこの時も壮大になっているわけですが。

そこに谷崎やその親戚の人生のターニングポイントに決定的な影響を与えた人物や事象を埋め込むことによって、谷崎作品は晩年になるほど複雑な構造や奥行きを持つようになり、巨大な織物から寄木細工、さらに巨大な構造物を作り上げるようになったのではないかと考えています。そしてその成果が『瘋癲老人日記』、さらには完成できなかった天児阿含の物語だと私は思っています。

なお、谷崎の「建築的の美しさ」という表現が登場した芥川との論争については、先ごろ千葉先生の編による文庫本が出ました。私も購入しましたので、じっくり読みたいと思います。

次回は『細雪』を題材に、そこに埋め込まれる貴種流離譚について、板倉と三好を中心に、貞之助、奥畑の動きを書いてみたいと思います。そのうえで、次に後の潺湲亭(現・石村亭)見学の話に行きたいと思います。

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中公新書には、谷崎作品の読解に役立つ本が多くあります。



作ってしまいました(^^)