谷崎潤一郎研究のつぶやきWeb

その9(2016年11月14日)最近になって「いいね」のあった昨年の投稿2 小中村清矩晩年の旅と酒井美意子著『ある華族の昭和史』

先月末、昨年6月の投稿2つに「いいね」が付きました。最近のTwitterでのつぶやきにもつながっている内容ですので、今回もその2つ目をここに保存したいと思います。

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谷崎の父の長兄の岳父である小中村清矩は、晩年(明治28年4月~5月。亡くなったのは、明治28年10月。)に、三男とその嫁であるお光さんを連れて、西へ旅に出ます。その帰り、三男とお光さんを先に帰して、彼は自らのルーツを求めて「安城より二里半斗の田圃の間を人力車にて十町前西端村」に行きます。

村長原田氏ハ池鯉鮒の郡役所に徴兵検査に行て在らざる程なりしが、夕つかたにハ必帰るべし。もし東京の客来らバ止め置くべしと云ひ置しといへば、こよひ一泊せんとす。(中略)こたび此地へ廻りたるハわが実父次郎八の出たるところなれバ、わが身三歳にして父を喪し、七歳にて母をうしなひ、其年事故ありて小中村氏の養嗣となりたれば、父の本貫の地を尋ね、又祖先の事どもを聞かばやとはやう思ひたりしが(中略)則村長原田氏の別家原田藤二郎といふ家の五代の祖より別れて、江戸の麹丁に酒商となりたる事を見認たりとて其事を談じ、かつ菩提所康順寺(真宗)の住職畠山祐順もとひ来て、わが寺に実父次郎八の位牌ある事を談ぜり(此人の祖父某、四十年ばかりの昔霊岸嶋の家に来れる事あり)。(中略)さて原田氏の祖先ハ尾州の坂部に住て伴九郎左衛門と称し、織田家ニ属し、木下藤吉郎に従て屢々勲功ありしが〔木下の隊にて岐阜の城ぜめニ功有しころ赤瓢箪と称はれたりといふ。〕、石山の戦に敗れて戦没し、其子万五郎三河に落て永住したりしかば、国内ニ原田氏多くあり。前田犬千代と同姓にて管(菅)原氏也といふ。

出典:『小中村清矩日記』

これだけでも谷崎ファンにとっては、これは! と思うところが多いと思います。

そこに、今日、酒井美意子著『ある華族の昭和史』を読んでいたところ、以下の記述を見つけました。

『三壺記』(加賀に関する本)によれば、昔平安時代の初め近江の国を領していた人が西坂本にあったが、狩のために湖の畔を歩いていると菅の生えた沢に天女が天下って戯れているのを見た。連れ帰って三年ほどするうちに男の子が生まれ、天女は天に飛翔してどこかへ消えてしまった。その地を菅の里と呼んでいるが、その子は幼いころから聡明で諸芸にすぐれ、七歳で帝に仕える。これがのちの菅丞相菅原道真であるという。
(中略)
醍醐天皇の時に右大臣となったが、延喜元年(九〇一年)藤原時平の讒言によって筑紫(九州)へ配流されてしまう。
そこで生まれた一人が九州の原田氏の先祖となり、その一族が尾張愛智郡荒子村(現、名古屋市中川区)に住みつき、前田姓を名乗った。

『瘋癲老人日記』にはキリハタも登場しますが、ここが、谷崎の一連の作品と小中村清矩を繋げるキーポイントだと思います。
このページでも度々取り上げる、高木治江著『谷崎家の思い出』には、次のような記述があります。千代夫人と離婚後のある月の美しい夜のことです。

衣桁に赤姫の着る打掛けをかけて几帳のようにし、その前に、黒塗りに金蒔絵の乱れ籠を置き、紫の衣を両の手に捧げ持って、皓皓と射し込む月の光を浴びながら、あたかも菅原道真の“配所の月”さながらの場面である。

『蘆刈』の構想を練っていた頃と思われますが、この紫の衣は、大正天皇の乳人をしていた小中村清矩の三女おしんさんから譲り受けたものです。ここで道真が出てくる理由がよくわからなかったのですが、これでようやくわかりました。

ということは、高木治江さんは、何もかもわかっていてこの本を書いていたことになります。

先の記述にある赤姫は「本朝廿四孝」の八重垣姫。金蒔絵の乱れ籠は「伽羅先代萩」の伊達家を象徴しているのではないかと思いますが、このシーンの直前、谷崎は“由縁の月”を三味線で弾いていました。これらが『蘆刈』、いや、『吉野葛』から続く一連の作品を解く鍵になるのではないかと思います。

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以前から、私は小中村清矩と谷崎の祖父久右衛門は兄弟なのではないかという感覚を持っています。谷崎活版所支店の場所も分かり、ここから『春琴抄』『猫と庄造と二人のをんな』『細雪』等の谷崎作品につながっていることもわかりました。紀伊殿が出てきたことで、いよいよ小中村清矩との接点も見えてきたように思えます。また、谷崎の母のすぐ上の姉が質屋に再縁したことが『幼年の記憶』に書かれていることもあり、いよいよそのあたりに迫ってきたのを感じています。

また、谷崎作品と「萩」ですが、小中村清矩が向島百花園の萩にこだわっているのも最近『小中村清矩日記』中に見つけました。このあたりからもさらに調べてみたいと思っています。


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作ってしまいました(^^)