谷崎潤一郎研究のつぶやきWeb

その12(2017年8月23日)『蘆刈』文学散歩(3)(2016年11月のお話)

背割堤を端から端まで歩いた後は、水無瀬離宮跡等を見るべく、車で大阪府側に渡りました。案内して下さった山本様もこちら側には来たことがないとのこと。確かに、今は渡しどころか橋もあまりないわけで、これでは行き来は難しいだろうなぁと思いました。

そんな話をしながら、車は山崎側に到着。ここにぜひ行きたいのですと山本様にお願いし、饂飩屋さんへ。山本様もお付き合いくださいました。

かぎ卯とサントリー山崎蒸留所 かぎ卯正面

なんと、サントリー山崎蒸留所のそばでした。でも、その場所の饂飩屋さんを選んだのも、谷崎作品を調べていると理由がわかるような気がします。

店内は新しく、落ち着いた雰囲気。雰囲気だけでなく、お店の方も落ち着きすぎて商売っ気を感じないほど(^^; その人の良さは『蘆刈』に登場する店主そのものでした。

ふと見ると、『蘆刈』の一節が書かれた額が。お店の方にお聞きしたら、書道をされているお知り合いが書かれたとのこと。少しガクッと来ましたが、それでもこの額があることで、あー、本当にここなんだという実感が湧きました(^^)

『蘆刈』の一節の書かれた額

で、注文ですが、そりゃー、きつねうどんに決まっているでしょう。さすがお揚げがおいしかったです。
夕方でかなり肌寒くなっていましたが、この一杯のきつねうどんでだいぶ温まりました。

きつねうどん

ここできつねうどんのくだりを引用してみましょう。

もとより気の利いた料理屋などのある町でないのは分っていたから一時のしのぎに体をぬくめさえすればいゝのであると饂飩屋の灯を見つけて酒を二合ばかり飲み狐饂飩を二杯たべて出がけにもう一本正宗の罎を熱燗につけさせたのを手に提げながら饂飩屋の亭主がおしえてくれた渡し場へ出る道というのを川原の方へ下って行った。亭主はわたしが月を見るために淀川へ舟を出したいものだがと云うと、いやそれならば直き此の町のはずれから向う岸の橋本へわたす渡船がござります。渡船とは申しましても川幅が廣うござりましてまん中に大きな洲がござりますので、こちらの岸から先ずその洲へわたし、そこから又別の船に乗り移って向う岸へおわたりになるのですからそのあいだに川のけしきを御覧になってはとそうおしえてくれたのである。橋本には遊廓がござりまして渡し船はちょうどその遊廓のある岸辺に着きますので、夜おそく十時十一時頃までも往来しておりますからお気に召したらいくたびでも行きかよいなされてゆっくりお眺めになることも出来ますとなおもいゝそえてくれた親切を時に取ってうれしくおもいながら

渡し船のない現在、このあたりは大変さみしく、夜中に歩くなどあまり考えにくい状況ですが、店主の親切さ、きつねうどんをいただいたあとの温かさを体験できたことは大収穫だったと思っています。

ここで、蘆刈文学散歩で歩いた地域を俯瞰してみるべく、googleの地図を埋め込みます。うどんをいただいたあとは、お日様と競争状態で水無瀬神宮を見てきましたが、それについてはまた次の記事で。

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作ってしまいました(^^)