ラブレターズ

その477(2012.02.03)「文学としてのユーミン」―小説現代の連載から

小説現代 2012年 01月号小説現代で、1月号から酒井順子さんによる「文学としてのユーミン」という連載が始まった。ヒデさんから教えていただいた。

第1回は、「ひこうき雲」について。主に『ルージュの伝言』から引いて来て、ユーミンがどういうところで育ってきたかということを解説しているような感じだったが、「面や線ではなく「点」だけを示すやり方」というのはなるほどと思った。

『ルージュの伝言』に書かれている「このときの日差しがこうだとか、波の具合がこうだとかいう意味のシチュエーション。瞬間の輝きみたいなこと」というのは、壁紙を毎月作っていて確かにそう思う。光のまたたきや風の動き、そういうものにユーミンは反応するんだなということを、毎回感じている。

第2回は、「MISSLIM」。ということは、各回アルバム毎に書かれるのね。
今回は、「海を見ていた午後」を中心に話が進められている。泣かない主人公、なぜユーミンの主人公は泣かないか、そんなことを織り交ぜながら、憧れだった「山手のドルフィン」に行った話でしめたところが、苦味が利いている。憧れながらなかなか行けなかったことで余計に憧れが強くなって……。「夢はさわらぬ方がいい」という詞を思い浮かべたわ。


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その476(2011.12.31)『春琴抄』―系図と憑依関係―

春琴抄登場人物関係図今回も『春琴抄』。前回書いた後もずーっとツイッターにつぶやき続け、早く書きたいと思いつつ、年も押し詰まってしまった。『葵の女―川田順自叙伝』についても、谷崎著『羹』、『春琴抄』との絡みで進展があったので、これについても必ず書くつもりでいる(書く書くと書きながらなかなか書かず、ついに書かないで過ぎてしまったものもあり、我ながら困ったものだと思っていますが(^^;)。

さて、今回は系図を作ってみた。これの前提として、天保8年、つまり春琴が失明した年に何が起きたかということがある。言うまでもなく、大塩平八郎の乱があった。この乱で、春琴の家は焼かれ、春琴は失明し、父母や姉妹は前後の差はあっても結局のところ亡くなったと推定。それに伴い、日野の安左衛門の兄弟が、日野に養子に行っていた佐助と共に道修町に来て、八代目の鵙屋になったのではないかと推定した。そして亡くなった人たちの魂が、生き残った春琴や佐助に入れ替わり宿り、支配していたのではないかと考えている。

系図の中の( )内は、大塩平八郎関係森鴎外関係、芥川龍之介関係の人物で、その登場人物に当てはまる人物を入れている。森鴎外の祖父の号が「白仙」というところと、大塩平八郎関係のみねさんと森鴎外の母が同じ名前で、森鴎外の後妻の名前がしげ女と同じなのも注目するポイントだ。芥川龍之介については、高宮 檀著『芥川龍之介の愛した女性―「薮の中」と「或阿呆の一生」に見る』を参考にした(表紙の写真の関係が、そのまま素戔嗚尊、天照大神、月読命になっている)。ちなみに、しげ女にあたる女性のことを芥川は「復讐の神」と呼び、春琴の姉にあたる女性を「月光の女」と呼んでいる。図では、妹のところにその女性の名前を入れているが、もう一人、谷レイという女性がいる。この女性は、月光の女性が自分の身代わりにと見込んだ女性(ちなみに佐助稲荷神社の宮司の養女)なので、ここでもそれが踏襲され、この二人は一体になっていると考える。

「阿波の鳴門」が引用されているところで、春松検校によって中二階から三味線を持ったまま落とされたのは春琴の姉だろう(春松検校は春琴の姉も教えたことがあると書かれている)。それが佐助に憑き、後に妹に憑いたと考える。つまり春琴の姉は、昼間は佐助の中に、夜は春琴の妹と共にいたと、今のところ考えている。

ところで、『春琴抄』は読点や句点が著しく少ないことで知られるが、ところどころを段落を示す大きな○で区切られている。この区切られたところで、春琴、佐助やその他の人物、小動物それぞれに宿る魂の組み合わせが変わっている。それが一番よくわかるところが、佐助が眼を針で突いた後の記述だ。

女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持ってきて寝床の上に端座し、鏡を見ながら眼を突いた佐助は、その後次のような行動に出る。

程経て春琴が起き出でた頃手さぐりしながら奥の間に行きお師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはございませぬと彼女の前に額ずいて云った。

起き出でた頃ということだから、この時佐助が目指したのはしげ女だろう。とはいえ、来迎仏が実際に現れるまでは少し間があったので、その間にいたのは誰だったか。その存在の感情が「鵙屋春琴伝」での表現につながるのではないかと思っている。そしてついに包帯で包んだ顔に二た月前までのお師匠様の円満微妙な色白の顔が鈍い明りの圏の中に来迎仏のごとく浮かんでこの段落が終わる。

ところが、次の段落では、春琴が佐助に「佐助痛くなかったか」と言う(佐助が自ら目を突いたという前提で言っていると思われる)が、それに対してこの佐助は、

御霊様に祈願をかけ朝夕拝んでおりました効があって有り難や望みが叶い今朝起きましたらこの通り両眼が潰れておりました

と言うのだ。先ほどの段落と、微妙につながらなくはないか?

ただ、この時の佐助が言っていることは、嘘ではないだろう。佐助には、春琴の姉と、もう一人(二人)が住んでいる。春琴の姉が抜けた後の昼間の佐助にしてみれば、まさに「朝起きたら」ということだったろう。

両方の段落の春琴と佐助を同じ人物として考えることもできないことはないが、ならばなぜそこに○が入るか、「来迎仏」という言葉がなぜその区切りの直前に入るかということを考えてみる必要があると思う。そう考えながら、さらに系図を見ながらいろいろな場面を思い浮かべると、春松検校が入った春琴が「お腹の子の父親に対してもすまぬこと」と言ったりしたことや、いろいろなことに合点がいくのではないだろうか。

春琴の失明と佐助の失明の関係、さらには鴫沢てる女の失明についても、また新たな視点で見えてきた。ということで、場面ごとの魂の入れ替わりに注意しながら読んだ結果を次の『春琴抄』の記事で書こうと思う。


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